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ちょっと目がシパシパする管理人です。
皆様、今晩は。

うお~、ようやくジャコ祭にイラストを出品できました。(安堵)
今まではスキャンした原画(ペン入れ済み)の背景部分だけを消去してから彩色し、後で消去部分に別の背景を持って来てからこの二枚のレイヤーを統合する手法で描いていました。
しかしこれだと、イラスト本体の部分に領域選択をかましつつ彩色を進めるに連れて、肝心の主線が消えてしまい、後でもう一度マウス線引きをしないといけない程の酷い状態になっていました。その上、主線が消えないようにと400%拡大でみじみじ彩色していたので時間も掛かります。(汗)
翻って今回は、初めて主線以外の部分を全消去してから彩色を進めました。こうすると、同じ領域選択をかまして彩色しても、主線が消えません。(感涙)早くこうしておけば良かった・・・!←馬鹿者
土台レイヤーに戻って領域選択をし、ツールを決めてから彩色レイヤーにまた立ち返って彩色するのがちょっと面倒ではありましたが、主線を気にしないでブシブシとエアブラシツールを使えるのは素晴らしいです。
まだブラシの加減がイマイチ使いこなせていないので塗りつぶし気味ではありますが、次回までにはまた技術が上がる事を祈りたいものです。


さて、二、三日日記を書いていなかったので日が変わる前に…と思っていたのですが、気付いたらTVで「エネミー・ライン」をやっていたのに見事に引っ掛かりました。(笑)
洋画劇場って同じ物の繰り返しが多いので、普段はあまり観ない方に入る管理人。
……が、ボスニア紛争と来たら観ない訳には行かないじゃないですか。(笑)

最初の10分くらいはTVの前にいなかったので観損ねてしまったのがちょっと残念。
「90年代、ユーゴ紛争の和平が締結されたボスニア」と舞台・時系列が説明されていましたが、おそらくその状態は95年くらいではないかと思われます。
クロアチアやスロベニアがユーゴから独立したのが91年。コヴァッチュ先生がクロアチア北東部のブコバルでセルビア人主力のユーゴ軍の空爆に巻き込まれたのもこの年。
その後、主戦場はクロアチアの一部とボスニア・ヘルツェゴビナに移り、ボスニア国内ではクロアチア人+ムスリムVSセルビア人の対立が激化します。
93年に入って三者間で和平交渉が行われるのですが、セルビア人勢力がつっぱねたため、決裂。
この翌年、遂にNATOがセルビア人勢力に対し空爆を実行し、95年の夏に空爆が激化した結果、秋にボスニア和平合意条約が締結されました。・・・・と、この段階でNATO軍は撤退しなくてはならないでしょうから、この映画はその撤退ギリギリの時の話でしょう。
話の中で、主人公のアメリカ兵(ボスニア上空を偵察中、撃墜されて墜落・脱出)が死体だらけの泥沼に転がり落ちてしまう描写があります。
これは、セルビア人がムスリムの虐殺をしたズバリその場所で、この新しい死体の群に偶然紛れて気を失っていたが故に主人公は追っ手のセルビア人達から何とか命を取り留めますが、これによってセルビア人勢力が協定を守っていなかった事が証明されてしまいます。しかも、NATO軍側を撃墜しちゃったわけですしダブルでヤバいです。(偵察で写真を撮っていたのはアレだと思いますが…)
生き証人である主人公を一刻も早く片付けてしまいたいセルビア人勢力と、軍律に背いてまで主人公を助けようとする米海軍少将達。この二者のギリギリの攻防戦が観ていてハラハラしました。
…いや、主人公が助かるのは分かっちゃいるんですけど、要はその手続き的部分がどうなのか気になって仕方がなかったです。(笑)

それにしても、寒そうだなロケ地!(笑)
スロバキアで撮影をしたそうなので、ホンマもんのボスニアより描写が寒いのは致し方ないかもしれません。アドリア海から近くても、実は結構寒いんでしょうか、ボスニア…。ER7で、コヴァッチュ先生も吹雪の中、妻と子の墓標の前にコート姿で立っている描写がありましたし。
余談ですが、セルビア人側のメイン役者さんはポーランドやロシアの方のようです。
そうだよなぁ~、あの「一人だけジャージ男」なんてあんまりスラブっぽくなかったですし。(笑)
セルビア人軍事組織の上官役だったオレック・クルパ氏(ポーランド)はかなり管理人のスラブ人萌えツボに嵌るカッコよさでした。(後は、ジャージ男の側にいた彼!手榴弾製の地雷を踏んじゃった彼です。笑)

そう言えば、ボスニアではキリル文字使用のセルビア語を使うので、映画の中の描写でもソレが出てきていましたね。軍の装置とか。
お隣のクロアチアに行くと、同じセルビア語を使ってはいても、表記自体はローマ字のようです。(クロアチアでは自分達の言語を「クロアチア語」と表現しています)
このあたりは丁度カソリックと正教(東方教会)の境界線にも当たりますが、文字もそれに倣うと言う事でしょうか。キリル文字はギリシャ文字が元になっていますから、文化的にはギリシャ寄りと解釈して差し支えないようです。
2007/03/12(月) 01:12 Goran Visnjic PERMALINK COM(0)
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