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ちょいと一息の管理人です。
皆様、今晩は。

うお~!初金星おめでとう栃ノ心!!
上位戦もどうにかなりそうな予感で、いよいよ三役返り咲きですね。

さて、続きです。

視覚(昔のコートで駅に降り立つ・写真)・聴覚と失敗した焉識ですが、今度は記憶に直接訴えかける作戦に出ました。
20年の下放時代に書き溜めた妻への手紙が一杯詰まった木箱を婉玉に届け、読んでもらおうと言うのです。
手紙は半強制労働時代に書いたものなので、殆どきれっぱしのメモ状態。
案の定、婉玉は読みにくいと零したので、代わりに自分が読んであげるよ、と焉識は提案し、早速読み上げてあげます。
うん、書いた本人ですからね、そりゃ正確に読めるでしょうよ。(笑)
毎日少しづつ、焉識は婉玉の部屋を訪れては彼女に手紙を読んであげます。
内容について「それってどう言う事なのかしら?」と婉玉が呟くと、焉識は「きっとこう言う事だと思うよ。」と目の前であたかもそれが行われているかのように詳細に説明してあげる日々。
以前のように訪れて来た焉識を「帰って!」と追い出したりはしなくなりましたが、来る度に「誰?・・・・あ・・・・ええっと・・・そうだ、『手紙を読んでくれる人(念信的同志)』ね!」と言われ続けるうち、焉識は「このままでは私は『念信的同志』になってしまう・・・!」と塞ぎこみます。

奮闘し続ける焉識をずっと見ているうち、娘の丹丹の心にも変化が。
せめて、母ともう一度暮らしたいと願う丹丹。焉識は一つの良い方法を思いつきます。
翌日、婉玉の元を訪れた焉識は「今日は新しい方の手紙を読んであげようね。」と言い、手紙の束に忍ばせておいた真新しい紙切れを拡げます。それは前日の夜に焉識が書いた手紙でした。
「丹丹と喧嘩をしたと聞きました。丹丹も悪かったかもしれないけど、彼女を一方的に追い出して話を聞いてあげない君も悪いよ。丹丹には丹丹の言い分があるはずだ。
 とにかく、今すぐ丹丹には寮を出てもらって、家に迎えて一緒に暮らしなさい。」
戻っては来ないけれど、愛する夫がそう手紙に書いているのです。赦さない訳がありません。婉玉は訪ねて来た丹丹をすぐに迎え入れ、再び一緒に暮らす事になりました。
・・・・自分だけはまだ一緒に暮らせないのですから非常に切ないですが、でも娘の役に立てたのは本当に嬉しかっただろうと思います。家族のカタチとは。たとえ『念信的同志』でも、家族3人で居る事には変わりないと言う事に焉識は気付き始めていたのだと思います。

『念信的同志』として婉玉の日常に溶け込んできた焉識ですが、ある晩、寝てしまった婉玉の寝室で彼女に毛布をかけてあげようとした時、ふと目を覚ました婉玉に酷く詰られます。「方さん!それとこれとは話が違う!夫を銃殺にしないでくれたのには感謝するけど、それとこれは話が違うのよ!!出て行って!」
落胆するよりもハッとする焉識。
玄関の外に出た焉識は、丹丹を呼び「方さんって一体誰なんだ?」と問いただします。
丹丹の話では、方さんと言う男は党の人間で、連絡係をしていた。焉識が脱走から連れ戻された後に、方が婉玉をおたまで叩いていた所を一度見た事がある、と。

もしかして、妻の記憶喪失は方のせいではないのか?
焉識は方の家を突き止め、おたまを後ろ手に家を尋ねます。
・・・・志村ー、おたまおたま――っ!(笑)
すみません、ここ笑うところだったのか判らなかったのですが、管理人も含めてみんな笑っていました。
・・・・が、家から出てきたのは方の妻。尋ねて来た人間がいたと見るや、周囲にも聞こえるような大声でどなりちらします。
「夫は一体いつになったら帰ってくるんだ!夫は何もしていない!いつになったら帰って来るんだ!!」
言葉を喪った焉識はそのまま無言で帰ります。
自分が手を下さずとも、悪いことをした人間には報いがある。そう気付いたのでしょう。
多分、文革の時に酷いことをしていた方は、文革終了後に収監されてしまったのでしょう。自分は逆にきちんと戻ってきた。但し、妻に取っては「念信的同志」と言う形ではあるけれど。半右派闘争と文革で失った物は決して小さくない。敵が収監されたからと言って妻の記憶が戻ってくる訳ではない。
時間はただ流れて行く。決して逆には戻らない。・・・では、自分はどのように婉玉の夫・丹丹の父として生きてゆくべきなのか。

画面は何年も後に飛びます。
「今日は(夫が帰って来る)5日だから。」と言って、老いた婉玉は焉識と丹丹の手を借り、幌付きのトライシクルに乗り込んで雪の中を駅に向かいます。
トライシクルを運転する焉識。その脇を自転車で並走する丹丹。丹丹は途中で二人を見送りました。
おそらく何十回も来た駅でまた二人は待ち続けるのです、帰ってこない婉玉の夫を。焉識は「陸焉識」と書かれたプラカードを持って。
婉玉に取って「待つこと」は手段であった筈。それがいつのまにか目的になってしまった。
バッドエンドのようでいて、実はハッピーエンドの一つの形であることに気付かせられる、静かなラストシーンでした。

結局、婉玉の記憶は戻らなかったのですが、「念信的同志」がいつも側で一緒に夫の手紙を読んでくれ、そして5日には駅に連れて行ってくれる。
・・・夫婦の形とは?
とかく法制度のしがらみや日常の忙しさに埋もれて顧る事の無くなった本来あるべき「夫婦」の姿について、じっくり考えさせられる2時間でした。

・・・・今回は無論字幕版だった訳ですが、かなり込み入った会話でなければ結構聞き取れました。(嬉)
おかげさまで、「像仙女一様」→「(丹丹が踊る様子は)まるで天使のようだ。」みたいな微妙な字幕とセリフのズレにも気付かされました。ほほぉ、仙女が天使になっている。(笑)
DVDが出たらもう一度チェックしてみたいです。
2015/03/15(日) 22:00 徒然 PERMALINK COM(0)
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